Artist File vol.1 写真家・花輪奈穂
まずは何故写真という表現方法を選んだのか教えてください。
高校卒業後、映像制作をやりたいと思い美術大学の映像学科に進学しました。しかし、実際に動画の制作をしてみると、「なんだか自分の求めていたものとは微妙にずれている」という違和感を感じました。そんなときに地元の自治体の文化事業として開催された写真のワークショップを知り、何か制作の糧になるかなと軽い気持ちで参加しているうちにすっかり写真のとりこになっていました。
写真のどんなところが良かったのでしょうか。写真を撮ってみて強く感じることは、「一発勝負」「短期集中」な面が自分にとても合っている、ということです。シャッターを押せば写ってしまう。撮るのは一瞬のことで、ごまかしがきかない。写真というメディアの持つそういう潔さが、よかったのでしょう。優柔不断な性格なので、形が見えて来るまで長く時間がかかってしまう表現方法は逆に向いていないのだと思います。
作家として活動を始めたきっかけなどは?作家活動を始めたのは大学卒業の次の年で、気が付いたらごく自然にそうなっていました。最初は会社勤めをしながら、グループ展や個展などで作品発表をしていました。
作品を制作するうえで、大きなテーマ・コンセプトのようなものは?カメラを常時持ち歩き、生活の一部として撮影を続けています。日々を撮ることは個人的な行為でありながら、実は自分以外の他者と共有できる部分を非常に多く持っていると感じています。当然ながら、共有できない違和感を覚えることもあります。そういった、撮る側と作品を見る側のあいだに起こる、なんらかの感情の揺らぎを知りたい、見つめたいという気持ちがあります。
具体的にはどのような事を意識して制作しているのでしょうか。撮るときには自分の目・心が反応した光景や瞬間を掴んだらそれを最優先にします。考えすぎてしまうふしがあるので、あまり頭で考えない、変に意識しすぎないようにしています。
撮ったあと、現像するときには色や明暗など自分の記憶のなかにある印象に忠実に決めています。そのため、業者さんにプリントをお願いするときはいつもすり合わせに苦労しています。自分でプリントする際にも色の再現には本当に気を使っています。
最初の質問でも話題にしましたが、写真を始めた当初通っていたワークショップでの経験が大きいと思います。
写真といえば一般的にはまずカメラのしくみや使い方、上手く撮るためのテクニックなどを教わることが多いですが、このワークショップではモノクロのレンズ付きフィルムを使うことが条件でした。
フィルムが終わるまで撮り切ったら使い捨てになる安価なカメラのことですね。プラスチックのケースにレンズとシャッターボタンとフラッシュだけがついていて、ただボタンを押すだけである程度の簡易的な撮影ができる、というものです。
ああ、「写ルンです」とか「撮りっきりコニカ」とか、ああいう!そうです。そのため自分で露出やシャッタースピードを調節することができないので、失敗と思っても写っているありのままを受け入れるしかありませんでした。最初は戸惑いましたが、この「自分が何を撮って(=見て)いたかをそのまま受け入れる」というワークによって、私自身の写真そのものに対する価値観が形成されたと思っています。
現在は新しい素材や表現方法にもチャレンジされているようですが。2012年から「透明な箱」という立体のシリーズを制作しています。これは透明なものに写真をプリントし重ねて箱状にするというもので、アクリル板と特殊なフィルムを使用しています。
それまで扱ったことのない素材と立体というジャンルに、まったくゼロの状態からチャレンジしているので難しいことばかりです。素材の特性上・物理的に・構造的になど、できることと不可能なことがまだまだ手探りのため、どうすればイメージ通りの作品を実現できるのか、今も試行錯誤と学びの繰り返しです。
これまでは展示での作品発表を中心にしていたので、ご覧いただく皆様のお手元に置いていただける機会が少なかったのですが、もっと気軽に生活の一部にお届けできるような作品も制作していきたいと思っています。
また、これまで使ったことのない素材や展示方法、機会があればレジデンス制作などにも挑戦していきたいです。
作品をご覧いただき、何かを感じていただけただけでも奇跡のような出会いだと思っていますので、くらしの中に私の作品を寄り添わせていただけることは、作り手としてはこの上なく幸せなことです。少しでもみなさまの毎日の潤いや光となれたらと思いますし、そうなれるようこれからも精進していきたいと思います。